数列の極限と不動点定理

導入

以下はバナッハの不動点定理(縮小写像の原理)のwikipediaからの引用である。

定義 (Xd) を距離空間とする。このとき写像 T : X → X が X 上の縮小写像であるとは、ある q ∈ [0, 1) が存在して、

が X 内のすべての xy に対して成立することをいう。

バナッハの不動点定理 (Xd) を空でない完備距離空間とし、T : X → X を縮小写像とする。このとき、T は X において唯一つの不動点(すなわち、T(x*) = x*)を持つ。この x* は次のように見つけられる:X 内の任意の元 x0 に対し、数列 {xn} を xn = T(xn−1) で定義する。このとき xn → x* である。

漸化式で定義された数列の収束に関する問題に対し、このバナッハの不動点定理が有効な場合がある。

簡単な例

 a_1=1,a_{n+1}=\frac{1}{2}a_n +1
という数列の極限を求めることを考える。
(解法)
まず、f(x)=\frac{1}{2}x +1とおく。|f(x)-f(y)|=\frac{|x-y|}{2}なので、f\mathbb{R}における縮小写像である
バナッハの不動点定理より唯一の不動点\alphaを持つ。\alpha=f(\alpha)=\frac{1}{2}\alpha +1より\alpha=2
数列はa_{n+1}=f(a_n)で与えられているので、極限値は2と求まる。 
(特に初項はなんであれ2に収束する)
 
一般には、\alpha=f(\alpha)の解が一つにはなるようにfの定義域を適切な完備距離空間(大抵は閉区間である)に制限する必要がある。

もう一つの例

 a_1=\sqrt{2}, a_{n+1}={\sqrt{2}}^{\ a_n}
の極限を求めよ。
(解法)
f(x)={\sqrt{2}}^{\ x}とおく 
0≦x≦2で1≦f(x)≦2なのでfの定義域を閉区間[0,2] とする。
0≦x<y≦2としたとき、平均値の定理よりxとyの間にあるcがあって、
\displaystyle{\frac{f(x)-f(y)}{x-y} =f'(c)={\sqrt{2}}^{\ c}\log \sqrt{2}\leq {\sqrt{2}}^{\ 2}\log \sqrt{2}=\log 2}
よって|f(x)-f(y)|\leq (\log 2) |x-y|
ここで0<log2<log e=1 だからfは縮小写像である。
f(x)=xの解は明らかにx=2,4だが、4は定義域外なのでfの不動点は2である。
よって求める極限は2である。

弱縮小写像に対する不動点定理

定義距離空間(X,d)に対し、f:X\to X弱縮小写像であるとは、 d(f(x),f(y))\lt d(x,y)が任意の相異なるx,y\in Xで成り立つこと
完備距離空間上の弱縮小写像についてはバナッハの不動点定理は成立しない。
だが、コンパクト距離空間に対しては、成立する。
(証明)
まず、fはLipschitz連続なのでd(x,f(x))は連続関数である。
コンパクト空間上の連続関数は最小値をもつので、それをaとおく
(1) aが不動点であることを示す。
もしa\neq f(a)なら、最小性より0\lt d(a,f(a))\leq d(f(a),f\circ f(a))
よってf(a)\neq f\circ f(a)
したがってd(f(a),f(f(a)))\lt d(a,f(a))\leq d(f(a),f\circ f(a))となり矛盾。
不動点の一意性は簡単に示せるので省略
(2)漸化式f(x_n)=x_{n+1}で定義されたXの数列に対し、x_n\to a(n\to \infty)となることを示す。
d_n=d(x_n,a)とおくとd_{n+1}=d(f(x_n),f(a))\leq d(x_n,a)
よって\{d_n\}は下に有界な単調減少列なので収束する。
ここで\{x_{n_k}\}\{x_n\}の収束部分列とする。
x_{n_k}\to zとするとd_{n_k}\to d(z,a)ゆえにd_n\to d(z,a)
d(f(x_{n_k}),f(a))=d_{n_k+1}\to d(f(z),f(a))からd(z,a)=d(f(z),f(a))がしたがうので、弱縮小写像の定義よりz=aを得る
よって、\{x_n\}の収束部分列は必ずaに収束する。
\{x_n\}aに収束しないと仮定する。
ある\varepsilon\gt 0\{x_n\}の部分列\{x_{n_k}\}があってd(x_{n_k},a)\geq \varepsilonとなる
Xは(点列)コンパクトなので\{x_{n_k}\}は収束部分列を持つ。(これはXの収束部分列でもある)
よって収束先はaとなるが、これはd(x_{n_k},a)\geq \varepsilonに矛盾する。■

応用例

縮小写像が作れないが弱縮小写像は作れる例を挙げる。これは高校数学の知識のみで解こうとすると難問である。

2019年東北大(理系)第三問【改題】x_1=a,x_{n+1}=x_n+{x_n}^2 \  (-1\lt a\lt 0) の極限を調べよ。
(解法)
f(x)=x+x^2とおく 
-1≦x≦0で-\frac{1}{4}≦f(x)≦0だからfの定義域を閉区間[-1,0]とする。(有界区間なのでコンパクトである)
-1≦x<y≦0に対し、|x+y+1|<1なので|f(x)-f(y)|=|(x-y)(x+y+1)|\lt |x-y|
よってfは弱縮小写像である。x=f(x)\Leftrightarrow x=0より
求める極限は0である。
 
・縮小写像が作れないことの説明
あるq\in [0,1)があって|f(x)-f(y)|\leq q|x-y|が成り立つと仮定する。 
-1≦x<0に対し、|f(x)-f(0)|=|x(x+1)|\leq q|x-0|, |x+1|\leq q
x\to -0とすると1\leq qとなりqの取り方に反する。

ネイピア数、二通りの表示

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初投稿です。

テーマはネイピア数というよりは極限の扱いついて気を付けるべきことです。

導入

数学系YouTuberの鈴木貫太郎氏が投稿されたネイピア数についての解説動画を見ていた時、一か所気になる説明があった。(ネイピア数を理解する上ではさほど重要な箇所ではないが)

ここではネイピア数を次のように定義する。

右辺を二項展開すると次のようになる。
 

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ここで3項目、4項目、…はn\to \inftyでそれぞれ\frac{1}{2!},\frac{1}{3!},\cdotsに収束するから結局、次の表示を得る。

ネイピア数の別表現 e=\frac{1}{0!}+\frac{1}{1!}+\frac{1}{2!}+\frac{1}{3!}+\cdots
というのがこの動画の解説である。
結論自体は正しいが、この議論には論理の飛躍がある。詳しい説明をしているサイトがないか調べたところ、むしろ似たような論理の飛躍をしている記事を二つも見つけた。

integraldx.infoosinko.hatenablog.jp普通、このネイピア数の表示は指数関数e^xマクローリン展開などを用いて導くのが一般的だと思うが、ここでは上記の議論を修正する方向で導出したいと思う。

どこがおかしいのか

先ほどの式をΣを使って表しておく。

\displaystyle{{(1+\frac{1}{n})}^n=\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}(1-\frac{1}{n})(1-\frac{2}{n})\cdots(1-\frac{k-1}{n})}

ここで、a_{n,k}=\frac{1}{k!}(1-\frac{1}{n})(1-\frac{2}{n})\cdots(1-\frac{k-1}{n})とおくと

\displaystyle{{(1+\frac{1}{n})}^n=\sum_{k=1}^{n}a_{n,k}}であり、a_{n,k}\to \frac{1}{k!}\ (n\to \infty)が成り立つ。

一般的な状況を考えよう。(二重)数列\{a_{n,k}\}に対し、S_n=\sum_{k=1}^{n}a_{n,k}とおく。

もし各kについて、\lim_{n\to\infty}a_{n,k}は収束するならば、\displaystyle{\lim_{n\to\infty}S_n=\sum_{k=1}^{\infty}\lim_{n\to\infty}a_{n,k}}が成り立つというのが今回議論の焦点にしている主張である。

しかし、この主張が偽であることはすぐに分かる。

反例:(kに依らず)a_{n,k}=\frac{1}{n}と定めれば、S_n=\sum_{k=1}^{n}\frac{1}{n}=1となるが、明らかに\sum_{k=1}^{\infty}\lim_{n\to\infty}a_{n,k}=0であり両者は一致しない。

もっと自明でない反例としては、この動画の前半の解説における|r| \lt 1の場合がある。これはまた別の機会に考察してみたい。

www.youtube.com

議論の修正

ここではネイピア数 e=\lim{(1+\frac{1}{n})}^n が収束することは認めることにする。

項ごとの収束と項数の増加、両方を同時に扱うのは難しいのである適当なNで項を打ち止めにしてみる。

(1)上から抑える

自然数Nを任意に固定する。N≦nとなるnに対し、

\displaystyle{\sum_{k=0}^{N}\frac{1}{k!}(1-\frac{1}{n})(1-\frac{2}{n})\cdots(1-\frac{k-1}{n})\leq\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}(1-\frac{1}{n})(1-\frac{2}{n})\cdots(1-\frac{k-1}{n})}

ここでn\to\inftyとすると、

\displaystyle{\sum_{k=0}^{N}\frac{1}{k!}\leq e}

ここでNは任意の自然数なので、これは任意の自然数Nについて成り立つ。

\sum_{k=0}^{N}\frac{1}{k!}は上に有界な単調増加列なので収束し、N\to\inftyとすると、

\displaystyle{\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\leq e}

が成り立つ。

(2)下から抑える

\displaystyle{\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}(1-\frac{1}{n})(1-\frac{2}{n})\cdots(1-\frac{k-1}{n})\leq\sum_{k=0}^{n}\frac{1}{k!}}

よりn\to\inftyとすると

\displaystyle{e \leq\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}}

以上より \displaystyle{e=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}}が示された。

極限を二段階でとる議論は高校数学ではまず見ることはないので慣れないと難しいかもしれない。